インド旅行記・世界遺産タージマハルに聖地バラナシを巡る旅

兄の卒業旅行について行くことになったはインド。
劣悪な衛生環境に何事にもルーズな人々。それでもそういった悪い面を打ち消せるぐらい活気あるおもしろい国でした。

初日のホテル
3/20

意気揚々というか、まあ結構元気に関空より秘境印度へと出発した。 Air indiaに乗ったため当然というか1,2時間遅れて、結局13時間程度の長旅となり、 とりあえずデリーへとたどり着いた。空港に着くと何というか葉巻や砂などの独特のにおいがあって臭い。 おまけに暗い。おかげで着いて早々に下痢になってしまった。いざ税関などを終え、 空港を出ると早速闇タクシーに声をかけられた。市の中心部までいくらで行くかと聞いたところ、 50(3人)で行くと言う。まだその辺の物価など知らないのでまともなタクシーで 聞いてみたところ150と言う。何故か安い。とりあえず乗ってみたところ、 安いHotelに案内してやるといいつつどんどん暗い所に行かれてしまう。やばい。 リベートがもらえるような高いHotelに連れて行きたいらしいのだが、押し問答の あげく何とかそこそこの値のHotelにたどりついた。リベートの取れなかった連中はなんと 50$よこせと言い出した。が、ひるむことなく50Rp(150円)渡して追い返した。

ジャイプルのホテル
3/21

朝起きてみると、昨日の連中が来ていて、何食わぬ顔で案内してやるとか 言い出した。まったくすごいたくましさだ。連中を軽く追い返しデリーの 中心街・コンノートプレイスに行くことにした。観光客とみるや早速"バクシーシ"と 言いながら寄ってくる子供や物売・暑さ・ぼられる恐怖で飲み物すら買えない。 まったくひどいありさまだ。おまけ帰りの飛行機の再予約及び国内の飛行機の 予約のためにAir indiaのofficeに向うが、飛行機が取れない。 やけっぱちになって歩いているところツーリスト オフィスの人に声をかけられ、 どうせ当てもないのでついていってみると、結構いい簡易ツアーを組んでくれて、 目的のバナラシに行けることになる。そういうことで午後は車に乗せられて、 一路ジャイプルを目指す。街を出ると延々とサファリの中を走っているようで、 新鮮な光景だった。

名所?
3/22

ジャイプルの2,3の名所を見た。さすがに案内がいるぶん子供とかは 寄ってこなくていい。市場でみかんをその場で搾って飲めるのがあって 結構おいしかった。最もコップは相変わらず汚い。観光地で象に 乗ったおっさんが触ってみろというので、象にも触る。最もその後、 金を出せとほざいていたが…。

タージマハル

午後はアグラに向けて昨日と同じように車で移動した。ところで、 昨日今日の移動の際、片道一車線にもかかわらずがんがん追い越しを かけるので恐かった。アグラにつくとかの有名なタージマハルに行った。 金曜だったのでインドにもかかわらず無料だった。

アグラ城
3/23

昨日あまりタージマハルを見れなかったので、再度タージに行く。 今日は土曜のため結構な入場料を支払い中に入る。で、遂にお土産のTシャツを 買ったのだが、初め2枚300Rpと言われたのを、結局3枚150Rpで買う。が、 買った直後に別の店でふっかけられた値が3枚150Rp。ああ、ぼられた…。 ま、仕方ないこととあきらめ気を取り直し次のアグラ城に向かう。 ここからは、川を隔ててタージマハルが望まれ、とてもきれいだった。
午後は、今まで案内してくれた兄ちゃんと別れてバラナシ行きの列車に乗るため駅に行く。 この際、初めてジープに乗った。駅に着いたのが1時で列車が出るのは11時半。 何と10時間半も待つことになる。駅前の屋台みたいなところで、怪しげなものを 食べながら、気長に待つ。次第に周りのインド人と同じ様ホームに転がって寝ながら…。 おまけに列車は2時間以上遅れてきた。夜中になってようやく列車に乗り込み暇な1日が終わる。

山月日
3/24

昼ごろヒンズー教の聖地バラナシにたどり着く。昨日遅かったせいか眠い。 今日の午後は仏陀が初めて説教を行った地に行く。世に聞く沙羅双樹なる物や 仏塔が見え残るもかなりさびれており、かなり"わび""さび"といったものを感じさせられる。 ああ日本人とか思ってしまう。今日のところは早めに観光を切り上げる。 そういえばこの日、力車なる物に乗った。結構な年の爺さんの運転する自転車の後ろに、 3人もの若い者が乗るのには、さすがに気が引けた。

ガンジス河
3/25

早朝から起きてガンジス川の対岸から上る日の出を見に行く。が、 一緒に行った友達の体調がおもわしくない。結構きれいだった 日の出をみるのもつかのま、早速トイレを探しに川岸を離れた。 ここで運がいいことに近くのレストランで無料でトイレを借りれてしまう。 で、気をとり直して、再度岸辺へ。岸辺では、死後母なる川ガンジスと 一体になるために死体を焼いて川に流すとこが数カ所ある。人が焼けるのって 結構あっけないなあと、ボーと眺めているとチャリティーで募金しろとかいって、 変な兄ちゃんが寄ってきて、口論となり場にふさわしくなくなってしまったため、 しょうがなくその場を後にした。
そのあたりを歩いているうちにボートに乗ろうということになり、早速値段交渉。 かなり値切ることに成功したが、今度はお前らだけをこの値で乗せたのでは 採算が取れないとか行って、出発してくれない。それなら、我々だけで 行くというと即O.K.で、めでたく出発できた。川の中程まで来ると、 先程の奴が再び下痢をもよおした。急いで対岸に着けると、 岸辺の砂地で速攻で用をたした。皆かなり疲れてきていたが、 めげじとガンジスで泳ぐことにした。海パンなど持ってきていないので、 ここはトランクスで泳ぐこととした。これで私も聖なる人といったとこである。 ところで、下痢に苦しみつつも泳いだ我が友人、さすが水泳部といったところである。 昼にはHotelに戻りこの友人をおいて夕方の町を散策する。この町は、牛の 多いインドにあっても、ピカイチの多さで、路地に所狭しといて通行人が 牛をせこせことよけて通る様は結構面白かった。この日の夜からのことである、 私も下痢に苦しみだしたのは…。

デリーのホテル
3/26

昨日の晩は、皆下痢のため、一晩中誰かがトイレにいるような、 最悪の夜を過ごした。はっきりいって、今日は一日寝ていたい。 が、今日は午後飛行機でデリーに戻らなければならない。現金が尽きてきていたので、 昼頃銀行に両替に行くも、ここはインド。まったくやる気のない仕事ぶりのおかげで、 1時間以上待つことになった。何とか飛行機に乗るも直通便でなかったので離着陸が多く、 弱りきった我々にはとにかくつらかった。1度などは、私の兄はトイレの中で着陸することとなった。 こうして、なんとかデリーに着くと兄の友人は一足先に帰途につくために、ここで別れた。 皆、下痢に苦しんでいたので、ろくに見送ることもなく…。残った我々兄弟はとりあえず 空港のホテルの案内所でてごろなとこを聞き、そこで泊ることにした。

3/27

一昨晩からの下痢及び腹痛はちょっとマシになるも相変わらず調子悪い。 そこで、今日は病院に行くことにする。ホテルの前にたむろするオート力車の親父に、 保険で指定された病院を知っているかを聞くが、ほとんどの奴が知らない。 ようやく知っているという奴に、ホテルで聞いた値で交渉し行ってもらうことにする。 が、案の定と言うか、道に迷い散々時間をかけたあげく着いてみると、追加料金を払えときた。 延々と口論が続くかとみえたが、次の客がとれると、そのまま行ってしまった。 病院では、下痢という単語などしらぬ私では、自分の症状さえ説明できそうもなかったが、 優秀な兄のおかげで何とかなった。結局、現地でのごく普通の腹痛のようだった。 まあ、これで気分的にも救われた。おかげでやや食欲も戻りだしたので、 コンノートプレイスにある日本食の店に行くことにする。が、はっきりいってまずかった。 午後はHotelに戻り、さらに休養をした。

大統領官邸
3/28

2,3日ゆっくりとデリーの観光をすることにした。そこで、贅沢だがオート力車を 借り切って移動することにした。この日で、デリーの有名な観光地の半分以上行った。 高校の時、世界史をやっていたのに関わらずほとんどのものの歴史的なことを 思い出せないのには、なんとももったいなくもあった。

オールドデリー
3/29

昨日に引き続き、デリーの観光をした。昨日結構ハードだったので、 またあまり体調がよくない。おかげで、2番目に行った、デリー城で有料の公衆便所を使うはめに…。 観光地巡りは午前中で終わりにして午後は街をうろつくことに。パソコンショップも一軒あった。 もっともハードの展示などしていないが…。移動が減ったので、ここ数日比較的楽な日々であった。

クトゥブミナール
3/30

デリーの南郊外にある、クトゥブミナールというでっかい塔のある所に行って、 デリー観光を終わらせて、飛行機でボンベイに向う。気温自体は30℃程度と デリーと変らないのであるが、海の近くにきたため、湿度が高く日本的な暑さである。 空港で紹介してもらった、ホテルを探している際、寄って来たお兄ちゃんが案内してくれて、 珍しく金をよこせともいわずにそのまま行ってしまったのは、驚いた。

ボンベイ・インド門
3/31

ボンベイの町をぶらぶら歩く。さすがインド最大の商業都市というだけあって、 発展度は一番のようだ。もっとも割と新しい都市のため観光地として見るべきものは欠いているが。 夕方、駅の近くで昨日ホテルに案内してくれた、お兄ちゃんに会った。昨日は急いでいたらしい。 話していると、最近体をこわして入院していたらしく、そんなのもあって家計が苦しいので カンパして欲しいとか言い出した。いや、親切そうにみえてもしょせんインド人かと思いつつ、 丁重に断った。全く友達をつくるのは困難な国である。

エッセルワールド
4/1

今日はボンベイ近郊にあるインド最大の遊園地エッセルワールドに行く。 身分の低い連中が入れないように島に造られており、おかげで珍しく一日"バクシー"の声を 聞くことなく過ごせるが、あまり気分のいいものではない。カストという宗教的なもので 身分差別がある以上この国がマシになることは難しいのかなと思った。

4/2

本日でインド最終日。朝8時の船でエレファント島という、ボンベイ沖約1時間の所にある島に、 石窟寺院を見に行った。例によってシヴァやヴィシュヌなどが奉られているが、 かなり風化して壊れているのもあって、あまり面白くなかった。帰りの船の第1便は11時との事だったので、 それにあわせていったが、人が多くなるまで出港しませんとのことで、12時まで待つことになった。 最後の最後まで時間にルーズな国だと痛感させられた。時間に余裕を見てあったのもあり、 無事飛行機の時間に間にあい経由地の香港を目指すことになった。