タイ旅行記・世界遺産アユタヤに戦場に架ける橋カンチャナブリーの旅

入社1年目の夏休み。どれぐらい休めるのか直前まで分からず、
直前でも切符がとれたというだけの理由で向かったのがタイでした。
巾着袋ひとつというこの上ない軽装での旅行でした。

ワットプラケオ
8/9

到着したのが夜の11時と遅かったためとりあえずは、安宿街があるらしい カオサン通りに行くことにした。飛行機内で横に乗っていたおじさんが、 バンコク市街地まで一緒にタクシーで行こうかと言ってくれたが、貧乏旅行と タクシーは相反するものというポリシーのもとで、バスで行くことに。 やってきたバスの数字のみを見て飛び乗ったところ、しばらくして車庫らしきところに 入ってしまい、いきなり路頭に迷うこととなってしまった。 バスに乗っていた時間は20〜30分とそう長くはなかったので、とりあえず歩いて 空港に戻ることにした。 途中眠さのためベンチで寝たりもしたので空港に着いたのは 4時頃。空港が近くなってきて、ようやく反対方面行きへのバスに乗っていたことに 気づいた私は反対側のバス停より市街に向かった。バスの中ではかなり熟睡し、 目が覚めたら民主記念塔付近まで来てたが、ここがもうカオサン通り付近とは知らない私は20分程度 行き過ぎ、どうも変な所に向かっていると思い降りて歩き方をよく見てみると 先ほどの塔がカオサン通り付近の民主記念塔だったと分かり、また戻っていくことになった。 そうこうしているうちに目的地に着いたのが7時頃。今更宿に泊まるのも馬鹿らしいので、 そのまま王宮周辺の観光をすることにした。
まず、ワットプラケオに行ってみたところ朝早いため、まだ開いてなかったので、 とりあえず飯を食いに行って8:30まで時間をつぶすことにした。タイ語は全く分からないし、 物価がどういったところなのかも知らないので最初は飯一回食べるのも一苦労だったが、 とりあえず食い物にありつけ、時間を見計らってワットプラケオに行った。 門のところで、昨日一緒の飛行機で来たらしいツアーの人に会って、こいつらはまともに 寝ているんだということを多少うらやましく思いながら、一人でワット・プラケオや ワット・ポーを見てまわった。自分には、タイ式の金ピカ趣味の寺院や仏像などはいまいち 性に合わないようで全くどうしたものだかといった感じだった。そんな中ではワット・プラケオの中で、 寺院の壁面に書かれていた絵はよかったと感じられた。対岸のワット・アルンにも行こうと 思っていたが、修理中のようだったのでやめた。この日はこの他にもチャクリー・マハ・プラサート宮殿や ワット・スタットなどにも行ってみたが、疲れただけといった感じだった。
前日、まともに寝ていないので今日は早めに宿を見つけて寝ようと思い、4時頃にはカオサン 通りにたどり着いたが、歩き方を見ていこうと思っていたドミトリーを始めほとんどの 宿で部屋がなく、さすがにお盆の時期は観光客でうまってるのかと思い価格的な面では 少々妥協して探していたところ、路地を入っていったところでやすいドミを見つけそこに落ち着くことができた。

バンコク市内
8/10

バンコクは町が大きいためバスひとつ乗るのにも苦労するし空気も汚いので、 今日はウィークエンドマーケットにいってそれからアユタヤに行くことにした。 マーケットの位置は苦しくも昨日空港から乗って来たバスで通っていたので 場所も分かり、労なくたどり着くことが出来た。このマーケットでは、 売っていない物がほとんどないというぐらいのいろいろなジャンルの露店があり、 食べ物の店の前にペットショップまであるのには驚きだった。昨日、 歩きすぎたせいで靴の裏がいかれてきたので、ここで靴を購入した。
アユタヤ行きのミニバスが戦勝記念塔より出ているらしいので、 とりあえず行って探してみた。が、よく分からず仕方なくそれらしきミニバスの 兄ちゃんに聞いてみると、どうやらその車両はバッテリーが上がっていたらしく 押し掛けでエンジンをかけるのを手伝わされたあげく、あっちに行けと言われた。 無駄な汗をかいたと思いつつ行ってみると、本当にアユタヤに行くのか怪しいながら ミニバスがいて、それで行くことができた。1時間も程して無事アユタヤに着いたが、 また自分の場所が分からなくなりしばらく苦労したが、中心部のチャオプロム市場に いることが分かり、その後無事宿も見つけ今日の1日を終えた。

アユタヤ
8/11

宿のマネージャを名乗る人が日本人だったので、ここで食べれば朝飯は 楽にありつけそうだったが、市場に行き自力で食べることにして自転車を借りて出かけた。 で、市場で朝飯を食べたあとで、アユタヤ島の北側にあるという名所から順にまわっていった。 名所自体はなんかこうパットしないような気がしたが、旧市街地がそのままに残されている様は 芭蕉の句の『夏草や 強者たちが 夢の跡』といった感じがした。
夕方にはバンコクに戻ろうかと思っていたが、宿を探すのも面倒だし眠たかったので もう一泊することにした。あと連日、炎天下の中日差しも気にせずに活動していたせいで、 腕や首の後ろ側が真っ赤に日焼けしてしまい痛くなってきたので、 明日からは日陰を選んで歩くようにしようと思った。

ヴィマンメーク宮殿
8/12

朝飯を食べた後、バンコクに戻るべく先日バスを降りたあたりでミニバスを探して、 このバスはバンコクに行くのかを聞いて、それに乗り込んだ。結局、 元きた戦勝記念塔の所に着いたのでよかったんですが、ジェスチャーのみで乗り物に乗るのは大変でした。 戦勝記念塔付近にはミスドやマクドもあり栄えていたのでこの辺りを散策した後 ヴィマンメーク宮殿に行った。
今日は、女王様の誕生日なのでこの周辺で何かやっているかと思ったが、特になにもなく残念だった。 宮殿内は英語ガイドが付いたが、とにかく分かりづらい発音で聞き取りに苦労した。その中で、 ここに昭和天皇が来たことがあるのを聞いたのには驚きだった。 その後、ワット・ベンチャマポピットにも行ったんですが、宮殿同様期待したほど よくなかった。さらに、時間があったのでワット・トライミットに黄金の 仏像を見に行ってみたが、改めて私は仏像になど関心がないことを認識しただった。 先日泊まった宿に再度行って泊まることにして、その後晩飯を食いに行ったところ、 王宮で何かあったらしくクラン通りで女王様の通る車のために一時的に道路が 封鎖されたりした。直接、イベント自体をみれなかったのは、残念だった。

戦場に架ける橋
8/13

今回の旅行は日程も短いこともあったので、今日はツアーでカンチャナブリーと 水上マーケットに行くことにした。朝、集合場所に行ってみると予約を取りすぎたとかで 結構もめることになったが、何とか出発することとなった。 水上マーケットは現地の人の生活のためのものというより、観光色の強い物になってしまっており ちょっと価格も高く寂しい物でしたが、ここでラムヤイ(ライチみたいなもの)を1kg買い食べた。 その後、カンチャナブリーに移動した。ここは映画『戦場に架ける橋』で有名なクァイ川の 鉄橋が有る所で、私自身この映画を見たか記憶になかったが、歴史的背景は知っていたのでかなりよかった。 もっとも、そんなこといっさい知らなくてでもいいぐらい自然のきれいなところで、いい所だった。

a
8/14

明日朝10時の飛行機に乗るので、今日は夜まで遊んで深夜に空港に移動して 過ごす予定で宿を出た。こちらに来て屋台ばかりで食べていたので、まだ トムヤンクンを始めとするタイ料理を食べてないような気がしたので、 朝からそこそこいいホテルまでモーニングバイキングを食べに行きました。 90分位食い続けたので元は取ったと思ったが、味の方は…だった。 少々食い過ぎたので、ルンピニ公園で2時間ほど昼寝をして、その後 バンコクの中心街のサヤームスクエアの方に歩いていっていると、あまりの 汚さのせいか警察に職務質問をされてしまった。サヤームスクエアでは 特に欲しい物もなかったので、そのちょっと北にあるコンピュータ街に行くことした。 ハードの値段は日本と同じだし面白い物もなかったが、違法コピー(タイではそうじゃないなかな?)の ソフトが山のように売っていて面白いところでした。
夜は、以前タイに行った友達が面白かったと言っていたのでバンコク1の歓楽街・パッポン通りにある ゴーゴーバーというところに行ってみた。おねいちゃん達が卑猥な格好でステージで踊っていて、 たまに飲み物をおごってくれと言ってすり寄ってくるしでなかなかに楽しいところだった。 が、幸か不幸か私がいいなと思った娘は寄ってこなかったのでおごりはしなかったので、 かなり安く暇つぶしをすることが出来た。12時頃に空港に向かって移動しようとしたが、 またしてもバスを間違えてしまい、変な所に行ってしまい最終的に空港行きのバスに乗ったのは 3時半頃になってしまった。おまけに、バス内で爆睡してしまい、またしても終着のバス停まで 行ってしまうし。まあ、よく寝られたのでよかったですが。改めて空港行きのバスに乗って 空港について寝ようと思ったところ、冷房で寒すぎて寝られなかった。で、しばらく暇をつぶした 後無事にに飛行機に乗り込み、今回の旅行を終えた。